大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和63年(ネ)383号 判決

控訴人 倉田潔

右訴訟代理人弁護士 芦苅伸幸

同 星川勇二

被控訴人 有限会社協永石産

右代表者代表取締役 林卓

右訴訟代理人弁護士 土屋芳雄

同 今泉圭二

同 大河内重男

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、控訴人

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文同旨

第二、当事者双方の主張

原判決二枚目表一五行目から二枚目裏一四行目までを次のとおり改めるほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

二、請求原因に対する認否及び控訴人の主張

1.(一) 請求原因1の(一)の事実中、永山が被控訴人主張の頃から、その主張の場所で新聞販売業を営んでいたこと、同人が「朝日新聞須賀川西部専売所」の名称(以下「本件名称」という)を使用していたことは認めるが、同人が本件名称で新聞販売業を営んでいたとの点は否認する。

同人が本件名称を使用していたのは、訴外株式会社朝日新聞社(以下「朝日新聞社」という)の指示の下に、永山の営む新聞店が須賀川西部地域における朝日新聞の専売店であることを明らかにするために使用していたものであって、本件名称で新聞販売店を営んでいたものではない。

(二) 同(二)の事実中、控訴人が被控訴人主張の頃(正確には昭和六一年一〇月二七日)から、その主張の場所で、新聞販売業を営んでいることは認め、その余は否認する。

控訴人は朝日新聞社との昭和六一年一〇月二七日付契約により、須賀川西部地域における朝日新聞の販売権を獲得し、これに基づいて新聞販売業を開始したのであって、永山からその営業を譲受けた事実はない。永山は朝日新聞社との契約が終了するのと同時に新聞販売権を失い、新聞販売権のないところに新聞販売営業は成り立ち得ないから、永山は譲渡すべき営業を有していない。

(三) 同(三)の事実は否認する。

「朝日新聞―地域名―専売所」なる名称は、当該地域における朝日新聞の専売店であることを明らかにするため、朝日新聞社が創案命名し、全国の各専売所にその使用を指示しているものであって、本件名称もその一に過ぎない。

即ち、本件名称は、単に須賀川西部地域における朝日新聞の専売店であることを指称する意義を有するに過ぎず、商号ではない。

また、永山は、朝日新聞社の指示によって、右目的のために本件名称を使用していたものであり(なお、永山は朝日新聞社との契約が終了するのと同時に本件名称の使用権を失っている)、控訴人も同様に朝日新聞社の指示に基づき、右目的のために本件名称を使用しているのであって、永山から本件名称を引き継いで続用しているわけではない。

2. 請求原因2の(一)ないし(三)の事実はいずれも知らない。

3. 同3の事実は否認する。

新聞販売店の営業上手形を振出す必要性はないから、仮に永山が本件手形を振出したとしても、右営業とは関係なく振出されたものである。

4. 同4は争う。

三、抗弁

1. 本件手形は永山が新聞販売店の営業のために振出したものではなく、営業とは関りなく振出したものである。即ち、新聞販売店の営業は、いわゆる現金商売で、営業のために手形を振出すことは殆どあり得ず、本件のように三〇〇万円、四〇〇万円という手形を振出すことはあり得ない。

2. 仮に永山から控訴人に営業譲渡がなされたとしても、被控訴人は、当時控訴人が本件手形債務を承継しない事実を知っていた。

四、控訴人の主張及び抗弁に対する被控訴人の認否及び主張

1. 控訴人は当審において請求原因1の(二)の事実を否認したが、原判決事実摘示のとおり、当初これを認めていたのであるから、自白の撤回に当り、被控訴人は右自白の撤回に異議がある。

2. 控訴人は、本件名称が朝日新聞社の指示により、須賀川西部地域における朝日新聞の専売店であることを指称するに過ぎない旨主張するが、仮に右のような趣旨の名称であるとしても、これを商号であると解することは一向に差支えない。

即ち、特定のメーカーが自社商品の販売につきテリトリー制を設け、そのテリトリーごとに自社の商品の販売店を設置することは、極く普通に行われているが、その場合販売店に与えられた名称は、その販売店がそのメーカーの製造にかかる品質の高い商品を取扱っていることを消費者にアピールするためのものであるから、その名称は正に営業において使用する商号である。

3. 抗弁1、2の事実は全部否認する。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因1の事実中、永山が昭和六〇年四月一三日頃から福島県須賀川市岡東町一五五番地において新聞販売業を営んでいたこと、同人が「朝日新聞須賀川西部専売所」の名称を使用していたこと、控訴人が被控訴人主張の頃から同一場所において新聞販売業を営んでいることについては、当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、控訴人が永山から右新聞販売業の営業譲渡を受けたものである旨主張するので検討する。

1. まず、被控訴人は、控訴人が右の点を自白し、後にこれを撤回したものであって、右自白の撤回に異議がある旨主張する。

なるほど、原審記録によれば、昭和六二年四月七日の原審口頭弁論期日において控訴人が陳述した同日付の準備書面において、「控訴人が被控訴人主張の頃永山から新聞配達の得意先等を引継ぎ、被控訴人主張の場所で新聞販売業を営んでいることは認める。」旨述べていることが明らかであるが、右準備書面の記載からだけで直ちに被控訴人主張の営業譲渡の事実を自白したとまでは認められない。しかも、いずれも原審の口頭弁論期日において控訴人が陳述した同年六月二三日付準備書面(一枚目裏五行目から一一行目まで)、昭和六三年六月一四日付準備書面(一枚目裏九行目から二枚目表一一行目まで)、同年七月一五日付準備書面(一枚目裏二行目から六行目まで)、同年七月二三日付準備書面(五枚目裏末行から六枚目表一行目まで)によれば、控訴人は被控訴人主張の営業譲渡の事実を否認する旨述べていることが記録上明らかである。

してみれば、控訴人が被控訴人主張の営業譲渡の事実を自白したと認めるのは相当でないから、右自白のあったことを前提とする被控訴人の主張は採用できない。

2. 進んで被控訴人主張の営業譲渡について検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1)  控訴人は昭和六一年一〇月二六日永山から福島県須賀川市岡東町一五五番地マルゼンビル所在の朝日新聞須賀川西部専売所(以下「本件専売所」という)の業務の引継を受け、翌一〇月二七日から、同一場所において、同一内容の新聞販売業を始めた。

(2)  ところで、永山は昭和六〇年六月一日に朝日新聞社との間で、朝日新聞の販売契約を締結しているが、その契約書第一二条には、永山が業務の全部又は一部を他に譲渡しようとするときは、前もって朝日新聞社と協議し、その書面による同意を得なければならない旨定められているところ、右引継に際しては、当時本件専売所の朝日新聞の販売業務を担当していた朝日新聞本社販売六部の主任担当員村井靖人がその引継に立会っていた。しかも、右引継に際して取り交わされた「福島県地区朝日新聞須賀川西部専売所引継書」には「今般譲渡人飯村勝仁は福島県地区に於ける朝日新聞及びその出版物並びに協力諸紙の販売権の一切を譲受人倉田潔に円満に引継を完了致しました。」との文言が明記してあるうえ「昭和六一年一〇月度の経営については、昭和六一年一〇月一日に遡及し、譲受人倉田潔が之を負うものとする。」「引継に関し疑義の生じる場合は譲渡人飯村勝仁と譲受人倉田潔との話合の上解決するものとする。」との記載がある。

また、右引継書には、「譲渡人」として飯村勝仁、「譲受人」として倉田潔の署名押印があるほか、「立会人」として「朝日新聞本社」と肩書を付した村井靖人の署名押印がなされている。

(二)  次に、営業の人的、物的施設、顧客関係等の承継についてみると、前記甲第四号証、成立に争いのない乙第六号証の一、前記村井証人の証言、原審証人佐野吉明の証言及び前記控訴人本人の供述によれば、次の事実が認められる。

(1)  本件専売所の従業員は約二五人であるが、永山から控訴人に交替した際に辞めた従業員は極く少数で、大部分がそのまま勤めることになった。

(2)  本件専売所の建物は、マルゼンビルの一部を賃借しているものであるが、控訴人は右賃貸人に対し、新たに敷金等を差入れることなく、永山に引継いて賃借している。

(3)  本件専売所では、朝日新聞の購入者等の顧客はそのまま承継されているほか、訴外君島から委託されていた福島民友新聞の配達業務も引継いだ(なおその配達部数は、同専売所の朝日新聞のそれとほぼ同数の一三六三部となっている)。また、永山が右君島に差入れていた保証金は、引継に際し、君島から永山に返還されることなく、控訴人が君島と話合い、永山との引継に関する清算事務として処理された。

(4)  本件専売所に備付けられた電話、自動車、バイク、紙分台等の動産は永山から控訴人に直接売渡された。

大要以上のような事実が認められる。

(三)  もっとも、〈証拠〉によれば、本件専売所の引継がなされるに至った経緯は、永山が昭和六一年夏頃から朝日新聞社に対する新聞代金の送付が遅れ、調査の結果、同人が妻と離婚し、それ以来私生活が乱れ、他に負債を抱えていることが判明したので、朝日新聞社側としては、永山との関係を解消し、本件専売所の後任として、永山の研修生時代の研修所長であり、永山と朝日新聞社との間の契約の連帯保証人でもあった控訴人に白羽の矢を立て、朝日新聞社側の働きかけにより交替が行われることになったものであることが認められる。また、〈証拠〉によれば、朝日新聞社では、永山の右のような行状と経営状態に鑑み、昭和六一年一〇月二二日付で改廃協議書を作成し、永山の営業を自廃させ、新たに控訴人を本件専売所の新店主にする内部手続を経由したうえで、同月二七日朝日新聞社と控訴人との間で朝日新聞の専売契約を締結したこと、また、朝日新聞社と朝日新聞の販売所とが契約を締結する際、後者から前者に対し一定の契約金が納入され、契約解除の際には、前者から後者に対し契約金と同額の代償金が交付されることになっており、本件の引継の際も、控訴人から朝日新聞社に契約金が納入され、改めて、朝日新聞社から永山に代償金が交付されるという形式がとられたこと、もっとも、現実には前記村井が控訴人から契約金を受取り、これを永山に手渡したに過ぎないことが認められる。

(四)  右認定の事実関係によれば、朝日新聞社と販売店との間の契約においては、業務の譲渡は同社の同意を要するとはいえ、契約書上明記され、しかも、永山から控訴人への業務の引継に際しては、朝日新聞社の担当者が立会って引継書が作成され、その書面には永山が譲渡人、控訴人が譲受人と表示されているのみでなく、その業務の引継の実質に照しても、永山が控訴人に引継いだ営業は朝日新聞の販売業務を中核とするとはいえ、本件専売所が有する人的、物的施設及び朝日新聞の販売以外の業務を含む営業の全体を譲渡するものであったと認めるのが相当である。もっとも、朝日新聞社としては、永山との関係ではその専売契約を打切り、控訴人と新たに同種契約を結んだこと前記のとおりであるが、右は専ら朝日新聞社と新旧店主とのいわば対内的関係を規律するための契約改廃方式とみるべきものであって、右のような契約の介在により営業譲渡の法的効果が拒否されるとすれば、永山と取引関係にあった第三者の保護を図るべき商法二六条一項の法意は没却されることになる。したがって、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。

三、次に、商号の続用の点について判断を進める。

1. 永山が本件名称を使用していたこと及び控訴人が本件名称を使用していることは当事者間に争いがない。しかるところ、被控訴人は、控訴人の本件名称の使用が商法二六条一項の商号の続用に当ると主張するのに対し、控訴人は、本件名称は朝日新聞社の指示により、単に須賀川西部地域における朝日新聞の専売店であることを示すために使用されているに過ぎず、商号ではないと争うので検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、マルゼンビル一階にある本件専売所の店舗には、表面に向って右側に「朝日新聞」と記載された大きな看板が、同じく左側上部に「須賀川西部専売所」と記載されたやや小さな看板が設置されており、経営者の個人名は外観上認識できないこと、本件名称は、朝日新聞社の統一的な方針のもとに定められたものであるが、中には、「朝日新聞仙台中央販売株式会社」のように「朝日新聞―地域名―販売会社」を会社名即ち商号としているところもみられること、永山は本件名称と自己の氏名(但し旧姓飯村)を並記したゴム印を使用して、営業に関する請求書や手形、小切手等に記名していたことが認められる。

右認定事実によれば、本件名称は、永山及び控訴人が新聞販売業のうえで自己を表示するために使用していたものであって、商法二六条一項の商号に当るものと認めるのが相当である。

(二)  もっとも、前記村井証人の証言及び前記控訴人本人の供述中には、本件名称は、須賀川西部という一定の地域において、朝日新聞を販売する販売店であることを示すに過ぎず、これは朝日新聞社の創案にかかり、同社の指示によって、全国的に右のような意味の名称として使用されているものであって、商号ではないとか、あるいは、「朝日新聞新丸子専売所今井新聞店」という専売所名は、後段の今井新聞店が商号であるなどとの供述部分がある。

しかし、ある企業が自社の商品につきテリトリー制を設け、各テリトリーごとに自社の商品の販売店を設けることは通常行われているところであって、その場合、販売店が使用する名称は、販売店が当該企業の優れた商品を当該地域において独占的に取扱っていることを消費者にアピールする機能を有するものであるから、販売店が、営業上の信用を高めるため、営業上使用しているものと解されるうえ、「朝日新聞―地域名―販売会社」を会社名としている販売店のあること前記のとおりであってみれば、右各供述の見解には左袒することはできない。

2. 前記二及び三の1の(一)の事実によれば、控訴人は、永山に引続いて商号である本件名称を続用しているものと認められる。

四、〈証拠〉によれば、請求原因2の(一)ないし(三)の事実(本件手形の振り出し、呈示及び所持)が認められる。

五、そこで、抗弁1について判断する。

1. 永山が本件手形振出当時本件専売所で本件名称を用いて新聞販売業を営んでいたことは前記のとおりであるから、右手形振出は本件専売所の営業のためにするものと推定される。

2. 控訴人は右手形が営業とは関係なく振出されたものであると主張し、原審証人佐野吉明、同増子文子、同村井靖人の各証言中には、本件専売所においては、購読者から代金を集金し、これを本社に送金する業務なので、本件手形金額の如き借財をする必要はなく、また手形を振出す必要はなかった旨の供述部分がある。しかし、〈証拠〉によれば、本件専売所において新聞販売業を開始する際には、前認定の契約金として四三七万円余を要し、永山はその営業のためコンピューターなども購入したこと、本件専売所の一ヶ月の売上は広告収入を含めて約七〇〇万円であるが、一方経費として、新聞原価が約三八〇万円、人件費が約二〇〇万円、その他家賃、車両燃料費等を要したこと、永山は被控訴人から数回にわたり五〇万円ないし二〇〇万円を借金し、最終的に本件手形金額に達したものであるが、その使途について、永山は「集金までのつなぎに貸してほしい。」「従業員の給料や新聞原価の支払等の営業資金に使う。」などと述べていたことが認められ、前記証拠中、右認定に反する部分は措信しない。

3. 右認定の事実に照らすと、前記各証言部分から本件手形の振出が営業と関係のないものであるとは認め難く、乙第一九号証もその記載内容が明確でないので右認定を左右するに足りず、他に控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、本件手形振出が営業のために振出されたとの推定は覆すに足りる立証がないから、抗弁1は採用の限りでない。

六、控訴人主張の抗弁2については、これを認めるに足りる証拠はない。

七、以上の次第で、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であって本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 糟谷忠男 裁判官 渡邊公雄 後藤一男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例